地方医療の未来を切り拓く「HITO病院」の挑戦――DXと「人でしかできない価値」の追求

医療教育ブログ

人口減少、高齢化、そして慢性的な人材不足。日本の地方医療が直面する待ったなしの危機に対し、愛媛県四国中央市の社会医療法人石川記念会HITO病院はいかにして立ち向かい、全国から注目を集める組織へと変貌を遂げたのか。本記事では、石川賀代理事長と株式会社日本経営・角谷哲氏の対談を通じ、野戦病院のような過酷な現場からの再生、覚悟の新病院建設、そして真のDX定着と地域ネットワーク構築に至るまでの軌跡を紐解きます。

危機的状況からの脱却と「HITO病院」誕生の覚悟

予期せぬ帰郷と「野戦病院」の現実

石川理事長が病院を継ぐことになったのは、偶然の縁によるものでした。当初は東京で消化器内科医として勤務していたが、実家である病院に戻った際、目の当たりにしたのは「24時間365日、夜中でも薬を取りに来るような」すさまじい野戦病院状態であったといいます。当時の組織は先代による完全なトップダウン経営であり、医師や専門職、事務スタッフが圧倒的に不足し、持続可能な状態ではありませんでした。

個人名を捨て、公益性を背負う決断

しかし、近くの県立病院が民間移譲されるという話が浮上した際、地域の急性期医療を守るために「私たちが手をあげるしかない」と覚悟を決めたことが大きな転機となります

  • 老朽化した施設ではなく、新病院を建設し理想の医療を追求することを選択
  • 公的病院への信頼が厚い地方において、「石川さんがやっている民間病院」というイメージからの脱却

  • 「誰も見捨てない」「患者を家族のように思う」という理念を体現すべく、個人名を廃し「HITO病院」という公益性を打ち出す名称へと変更


単なる名称変更ではなく、一族経営から地域社会のための公器へと病院のあり方を根本から作り変える経営トップの決意と覚悟

人口減少を見据えた「真のDX」とその定着の鍵

人を増やすモデルの限界とiPhone導入の衝撃

HITO病院といえばDXの先進事例として知られますが、その原動力は「人口減少と高齢化で、人を増やし続けるモデルはいずれ破綻する」という強烈な危機感でした

  • 少ない人数で医療を回すためには、テクノロジーの活用が不可欠

  • Android端末10台の試験導入から始まり、現在では約590台のiPhoneをスタッフに配布

  • これにより、かつて1日700kmにも及んだ看護師の移動動線が34kmも削減

  • ナースコールへの手元対応が可能となり、無駄な往復や申し送り時間が劇的に短縮

「強制しない」泥臭い伴走がもたらす現場の変革

多くの医療機関がDX導入に失敗する中、HITO病院が成功した最大の理由は「現場への定着プロセス」にあります。

  • システムを「強制しない」方針を徹底し、「電話禁止」ではなくチャットツールを渡すだけにとどめた

  • スタッフが「チャットの方が便利だ」と自発的に気づくことで、自然と利用が広がる

  • 推進室のスタッフが現場に入り込み、一人ひとりのITリテラシーに合わせて泥臭く伴走するという「土台作り」を徹底

スマートフォン導入がいかにエッセンシャルワーカーの物理的・心理的負担を取り除き、本来のケア業務に注力できる環境を生み出したかを示す

「ケアタウン構想」と戦略的ダウンサイジングの攻防

病気でなくても訪れる「街」としての病院

新病院設立当初から、石川理事長は単なる医療施設の建設ではなく「ケアタウンを作りたい」という構想を抱いていました。工場が多く若い世代も住むこの街で、誰もが安心して暮らせる街づくりを目指し、院内のレストランを地域に開放したり、会議室を貸し出したりと、「病気の時以外にも来てもらえる場所」づくりを推進してきました。

病棟削減によるスタッフ集約と新たな課題

コロナ禍を機に、将来の看護師不足を見越して病棟を3つから2つへ減らす「戦略的ダウンサイジング」を断行しました

  • 病床稼働率を一気に高めることになったが、スタッフを集約でき、余裕を持って回せる体制の構築に成功

  • しかし、効率化が進み受け入れ体制が整うと、再び地域の医療需要が集中し満床状態になるというジレンマに直面

  • これに対応するため、DXに留まらず、「多職種協働のセルフケアシステム」など業務のあり方そのものをさらに進化させる必要があると危機感を募らせている

規模の拡大ではなく、あえて縮小することで組織のレジリエンス(回復力)を高めるという、逆転の発想による経営戦略の成果

2040年問題への布石と「人」にしかできない価値

地域丸ごとのネットワークと経営の多角化

2040年には医療圏の人口激減が予測されており、病院単体での存続は極めて困難になります

  • 2030年までに、専門職が病院にいながら地域全体をサポートできる「少ない人数で地域を支えるモデル」の完成を目指す

  • 地域の訪問看護ステーションや居宅支援事業所との情報共有と役割分担(トリアージ)が不可欠

  • ウェアラブルデバイスを用いた予防医療や在宅医療を展開し、「病院に来なくても済む仕組みづくり」を急務としている

  • 同時に、異業種連携やスマートグラスを活用した介護支援など、病院事業以外の収益源を確保する「種まき」を進めている

「昭和的お節介」とエッセンシャルワーカーの真価

HITO病院の強みは、デジタル化の裏にある「人間くさい」マネジメントです。スーパーマンばかりを集めるのではなく、一般的な能力を持つスタッフを適材適所に配置し、手厚くフォローする体制があります。理事長と職員の距離が近く、一人ひとりの成長を親身に見守る「昭和的」な温かいお節介が、人材を育てているのです。


効率化の先にある医療の本質を突いたメッセージ。テクノロジーはあくまで手段であり、最終的な価値は医療従事者の手によって生み出されることを象徴

【総論】デジタルの先にある「人」の温もり――持続可能な地域医療へのグランドデザイン

HITO病院の軌跡は、一地方病院の成功事例にとどまらず、日本のすべての医療機関が直面する課題に対する「ひとつの明確な解」を提示しています。それは、「医療」「介護」「生活支援」を組み合わせ、地域全体の暮らしを支える視点への転換です

「デジタルは使い倒すが、人でしかできない価値を高める」というスローガンに集約されるように、徹底した省力化・効率化は、人間味のあるサービスを追求し、人にしか提供できない価値を守るための土台作りなのです

激動の時代において、現状維持は後退を意味します。経営陣は覚悟を持ち、現場を信じ、共に泥臭く歩むこと。HITO病院の挑戦は、明日からの私たちの行動を変える強烈な起爆剤となるはずです。

ワカさんのひとこと

ワカさんワカさん
DXってツール導入で満足しがちですが、HITO病院のように現場に寄り添う『泥臭い伴走』こそが真の変革を生むんですね。人口減少社会において、医療とデジタルの融合はすべての業界のヒントになりそうです!
 
※この記事は、2026年2月25日・26日に行われたセミナー「HITO病院『いきるを支える』を実現する経営 -特別対談-」から一部資料を参照しています。

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