「臨床は医師、経営はプロへ」――事務長出身理事長が断行した、20年かけて“人を育てる”病院経営の真髄

医療教育ブログ

昨今の医療現場は、かつてない荒波の中にあります。医師不足、加速する少子高齢化、そして働き方改革への対応。こうした難局を乗り切るために、今、多くの医療機関が「経営の専門性」を求めています。

今回、スポットを当てるのは、北海道石狩市で地域医療の要を担う「社会医療法人ピエタ会 石狩病院」です。同院の舵を取る盛 牧生理事長は、医師免許を持たない、事務職出身の経営者。塾講師から医療事務の道へ入り、事務長を経てトップへと登り詰めた異色の経歴を持ちます。

「医師には臨床に集中してもらい、私は経営の舵取りに専念する」。この明快な役割分担が、いかにして「新人離職率0%」という驚異的な組織力と、地域に根ざした強固なネットワークを生み出したのか。多忙な院長や事務長の皆様にこそ読んでいただきたい、組織変革の処方箋がここにあります。

「経営の聖域化」からの脱却――事務職出身理事長が描く、新たなリーダーシップの形

役割分担の明確化がもたらす「臨床の質」と「経営の安定」

多くの病院では、多忙な院長が経営判断までを一身に背負い、本来の臨床業務が圧迫されるというジレンマを抱えています。ピエタ会が導き出した答えは、極めてシンプルかつ合理的です。盛理事長は、医師が「臨床の現場を守る」ことに100%の力を注げるよう、自らが「経営のプロ」として意思決定の全責任を負う体制を構築しました。これは単なる分業ではなく、互いの専門性を最大化させるための「戦略的パートナーシップ」と言えるでしょう。

事務長時代の「意思決定の訓練」が組織のスピードを加速させる

盛理事長の強みは、事務長時代から前理事長より経営判断の多くを委ねられ、修羅場をくぐってきた経験にあります。経営者が現場の細かな数字に一喜一憂するのではなく、5年先、10年先の将来像(ビジョン)を明確に掲げ、そこから逆算した「今日のアクション」を現場に落とし込む。このスピード感ある経営判断こそが、変化の激しい医療業界において、石狩病院を「選ばれる病院」へと押し上げた原動力です。


医療法人のガバナンスにおける一つの到達点を示しています。医師が臨床に専念し、事務出身者が経営を担うという「役割の純化」が、行政にも認められた公益性の高い組織づくりの基盤となっていることを物語っています。

「人事考課」は人材育成の羅針盤――20年間磨き続けた組織の“納得感”

成長を支援する「育成型」人事制度への転換

「評価によって給与を削られるのではないか」。20年以上前、制度導入時に上がった職員の不安に対し、盛理事長が貫いたのは「これは皆さんのスキルアップを支援するためのツールである」という教育的視点でした。単に点数を付けるのではなく、面談を通じて「どうすれば成長できるか」を共に考える。この「人事評価=人材育成」という文化が、20年という歳月をかけて組織の隅々まで浸透しています。

納得感が生む「自律的な現場」の力

ピエタ会の人事考課は、形骸化とは無縁です。病院全体の目標が部門・個人へと連動しており、職員一人ひとりが「自分の行動が病院の未来にどう繋がるか」を理解しています。驚筆すべきは、新人職員の5年以内離職率が0%であるという事実です。努力が正当に報われ、自らの成長を実感できる環境こそが、数字上の稼働率改善をも上回る、組織にとって最大の資産となっているのです。

石狩病院の組織哲学を象徴しています。進んで挨拶をする、患者さんを優先するといった「情意考課」を土台とし、その上に能力や目標管理を積み上げる構造。これこそが、離職率0%という圧倒的な成果を支える屋台骨であることを示しています。

「DX」と「働きやすさ」の融合――持続可能な医療提供体制の構築

現場の“ムダ”を削ぎ落とし、患者への“想い”を最大化する

盛理事長が推進するDX(デジタルトランスフォーメーション)は、決して最新ツールを導入すること自体が目的ではありません。「現場の課題をどう解決するか」が常に判断基準です。バイタルサインの自動取り込み、RPAによる事務効率化、インカム導入による連携強化。これらによって生み出された「時間の余裕」は、患者への手厚いケアという、病院本来の提供価値へと還元されています。

変化を恐れない「ダイバーシティ」と「福利厚生」の先進性

外国人技能実習生の積極的な活用や、24時間対応の院内保育園、メンタルヘルスサポート体制。多岐にわたる取り組みは、病院を「単なる職場」ではなく、職員の「人生を支えるプラットフォーム」へと進化させようとする強烈な意志の現れです。働きやすさを追求することが、結果として優秀な人材の確保と定着を招くという、理想的な正のスパイラルが描かれています。

現場の「痛みの解消」を積み重ねた結果の集合体です。伝統的な病院文化を守りつつ、手法は極めて現代的かつ柔軟であるという石狩病院のバランス感覚を象徴しています。

「ワンストップ」で地域を支える覚悟――病院をコミュニティの核へ

医療と介護を“面”で支える地域包括ケアの体現

石狩病院の真骨頂は、急性期・回復期から訪問看護、ケアプランセンター、地域包括支援センターまでを網羅する「ワンストップ体制」にあります。盛理事長自らが近隣のクリニックや介護施設へ足を運び、構築した「顔の見える関係性」。この地道なネットワークづくりが、地域住民にとっての「何かあったらピエタ会へ」という圧倒的な安心感を生み出しています。

次世代へとバトンを繋ぐ「100年組織」への展望

対談の最後に語られたのは、リーダーの育成と組織の永続性です。盛理事長は、自らが事務長時代に得た「意思決定の経験」を、今の幹部たちにも積極的に提供しようとしています。地域医療を守るという使命は、一人のカリスマ経営者の時代で終わらせてはならない。次世代が育つ土壌を整えることこそが、理事長としての最後の、そして最大の仕事であるという強い覚悟が、第2次中期経営計画(令和7年〜11年度)には込められています。

「出し、支え、戻す」というキャッチコピーと共に描かれた未来像は、病院が単なる「病気を治す場所」から、地域住民の人生をトータルで支える「コミュニティホスピタル」へと変貌を遂げる宣言です。クラウドファンディングや病院祭などの写真から、地域との深い絆が伝わってきます。

【総論】組織の壁を越え、未来を拓く「経営者」たちへ

ピエタ会・石狩病院の事例が私たちに突きつけるのは、「医療機関における経営の専門性とは何か」という問いです。

盛理事長が事務職出身という強みを活かし、20年という月日をかけて「人を育てる仕組み」を磨き上げてきた軌跡は、魔法のような特効薬ではありません。それは、現場の声に耳を傾け、ビジョンを語り続け、小さな改善を積み重ねた先にしか辿り着けない、誠実な経営の姿そのものです。

「臨床は医師、経営はプロ」。この勇気ある役割分担は、医師がより高く、より深い専門性を発揮できる環境を創り出します。そして、経営者が「人が成長する喜び」を組織のエンジンに据えたとき、病院は地域にとって欠かせない「命のインフラ」へと進化します。

まずは、明日、現場のスタッフと「5年後の理想の姿」について膝を突き合わせて語り合うことから始めてみませんか。仕組みを作るのはシステムですが、動かすのは常に「人の熱意」です。ピエタ会の挑戦は、そのまま日本の地域医療を再生させる希望の光となるはずです。

ワカさんのひとこと

ワカさんワカさん
医療は人が全て。評価を『給与削減』ではなく『成長支援』と言い切る理事長の覚悟に痺れました!事務職出身だからこそ現場の多忙さを理解し、DXや制度で支える。これこそが地域に選ばれ続ける病院の姿ですね!
 
※この記事は、2026年1月28日・29日に行われたセミナー「ピエタ会 石狩病院 地域を支える中核病院としての役割 -特別対談-」から一部資料を参照しています。

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